Interview

05

中国詩の模倣から
日本の美意識に合わせて
発展した日本漢詩の世界

中国詩の模倣から
日本の美意識に合わせて
発展した日本漢詩の世界

研究タイトル「古今集前夜における日本漢詩の和様化─島田忠臣と菅原道真を中心に─」

厦門大学 外文学院 副教授

梁 青さん(中国)[第12回招聘研究者]

研究タイトル「古今集前夜における日本漢詩の和様化─島田忠臣と菅原道真を中心に─」

厦門大学 外文学院 副教授

梁 青さん(中国)[第12回招聘研究者]

日本の漢詩は、日本人が中国の文体を模写した文体〝漢文体〟で書かれた詩です。
奈良時代から平安初期、唐風文化が黄金期を迎えると、漢詩を作ることが官吏貴族の文化教養として求められました。貴族たちは中国詩の表現技法を急速に吸収し、やがて日本的にアレンジした漢詩が作られるようになりました。
これまで、こうした日本の漢詩は中国文学の亜流と見られる傾向がありました。しかし、梁 青先生は、日本の風土で熟成された日本特有の文化と捉え、研究を進めています。そこには、中国漢詩とはまた趣が異なる、日本の美意識が表れていました。

 

中国文化の影響を強く受けながら育まれた日本の漢詩

 

梁先生の研究分野は日本漢詩ですが、具体的にどんな研究をしているのでしょうか?

 

 私は、平安時代の漢詩文における和様化、つまり日本的要素について調べています。

 九世紀末の日本漢詩には、中国の漢詩を模倣するだけだったそれまでとは違い、日本の伝統文化や和歌の要素を取り入れて、新たな漢詩の表現世界を作り出そうという意図が見えてきています。もともと中国では、こうした日本的な表現は「和習(和臭)」とも呼ばれ、つたない表現であり、避けるべき欠点として指摘されてきました。でも視点を変えてみると、日本の美意識、風土文化に合わせて漢詩を捉え直した結果ではないかと考えたんです。つまり、漢詩に和歌的表現を取り入れることで、中国の漢詩に負けない、あるいはそれ以上のものを作ろうとしていたのではないかと。

 私は博士後期課程の4年間、名古屋大学に留学して「新撰万葉集における和歌的表現」というテーマで博士論文を書きました。『新撰万葉集』〔上巻893年、下巻913年成立〕は、和歌と漢詩が一緒に並んでいる特別な詩歌集で、和漢混様の集約的な作品です。この時は、当時の日本の漢詩に具体的にどのような日本的表現があるのかを調べましたが、今回の日本滞在研究では表現だけにとどまらず、その背景にある日本の美意識や文化風土を研究し、中国の漢詩からどのように表現を取捨選択していったのかを考察しました。

 

平安貴族が中国の漢詩表現から自分達に合ったものを残して、発展させていった経緯を調べたんですね。それにはどんな例があるんでしょうか。

 

 例えば、中国の故事がもとになった「衣錦還郷(いきんかんきょう)」、つまり〝故郷に錦を飾る〟という表現ですが、日本の漢詩文では「錦」から「紅葉(もみじ)」を連想させて紅葉の比喩表現として多く用いられています。同じように和歌にも、紅葉から錦へ、錦から衣錦還郷へと連想していくという表現がたくさんあります。でも、そもそも中国では紅葉を錦に例える表現はほとんどなく、むしろ花を錦に例える表現が極めて多いんです。これは、日本が自分の国の古来の美意識を優先させ、新たな表現を切り拓いた例だと思います。

 また、衣錦還郷の「還郷」は自分の生まれ育った土地に帰ることを表しています。立身出世して晴れがましく故郷に戻ることですね。でも平安時代に和歌や漢詩を詠んだ貴族は、みんな平安京で生まれていて帰るべき故郷がありません。そこで「衣錦」に重点が置かれ、「還郷」が省略されたり、国司に任じられる(地方へ赴任する)ことに用いられたりしています。これは、社会的な条件によって、表現を取捨選択した例ですね。

 

ひとつの表現を追っていくことで、いろいろなことが見えてくるんですね。でも、こうした発見には、漢詩集にある表現をひとつひとつ検証したり、当時の社会背景を調べたり、大変な時間がかかりそうです。

 

 今回の日本滞在中、私は受入機関の東京外国語大学に行く以外は、ほとんど国会図書館にいました。下宿先を見つける時も、図書館に通うことを優先して国会図書館の近くで探しました。国会図書館にはレファレンスサービスがあり、インターネットで知りたいことを依頼すると、スタッフが資料を調べてくれます。ひとりで全ての関連資料を調べようとすると膨大な時間がかかってしまいますから、このサービスにはとても助けられました。

 また、東京外国語大学は、もともと私の勤務する厦門大学と密接な関係にあり、私は博士課程の頃から受入担当教授の村尾 誠一先生に大変お世話になっています。私の専門は日本の漢詩ですが、和歌的要素を研究しているので、和歌についても詳しく知る必要があります。村尾先生の専門は和歌文学ですから、今回も先生から貴重なアドバイス、ご指導をたくさんいただきました。実は先生の著書に、和歌における故郷について書かれた論文があり、それが「衣錦還郷」を考察する際にとても参考になりました。

 

 

漫画をきっかけに日本文化に興味

 

そもそも梁先生が平安時代の漢詩の世界に興味を持ったきっかけは何ですか?

 

 大学時代、私は主に川端康成の小説の中国語訳について勉強していました。川端康成の小説には、日本の文化や美意識を深く読み取ることができ、とても興味深く感じていたんです。でも大学院に入ると日本文学を専門とする先生はたった一人で、その先生が『懐風藻』について研究されていたんです。それをきっかけに、私も日本の漢詩集に興味を持つようになりました。『懐風藻』は、日本で最初の漢詩集です。

 

日本への興味はもともとあったんですか?

 

 実は小学校4年生の時、日本の漫画にハマっていました。自分でも漫画を描き始めたくらい(笑)。成長するにつれて勉強に集中しなければならなくなり、漫画を読むことはなくなりましたが、大学進学時に日本語を専攻したのは、子ども時代に漫画で読んだ日本文化への興味があったからだと思います。

 

特に影響を受けたと思う漫画は何ですか?

 

 成田美名子先生が書いた『NATURAL』という作品です。主人公はペルーからやってきた少年で、日本で弓道をはじめたり、青森を旅して青森の自然や生活、祭りなどを体験したりする様子が描かれていたんです。成田美名子さんの作品にはニューヨークなど外国を舞台にした物語が多かったのですが、だんだん日本や日本の文化を漫画に描くようになったようです。私もこの漫画を読んで、日本の文化、美意識などに興味を持つようになりました。

 

今回、日本で生活してみて日本文化について新たな発見はありましたか?

 

 実は、研究が本当に大変だったので、ストレス発散のために生け花教室に通いました。華道にはもともと興味を持っていましたし、せっかく日本に滞在しているので日本でしかできないことをやりたいと思ったので…。一年の滞在中に、皆伝の資格をいただきました。その上の段階を目指すには、3年はかかりそうです。お花の先生には、花を活けるということだけではなく、人生についてもいろいろ教えていただきました。何年も日本の文学、文化を研究してきましたけれど、全く知らないことがまだまだあると強く感じました。

 

生け花の先生に教わったことで印象に残っていることは何ですか?

 

 花を活けている時、机の上には花材や鋏、水などが置いてありますよね。教室では、それらを散らかすことなく、常にきちんと整理しておかなければいけないということを学びました。そうした日本ならではの美意識といいますか、礼儀作法は本当にいいと思います。ひとりの人間として、そうしたよい習慣を身につけたいと思いました。 最後のお稽古で、先生に茶道もやっていただいたのですが、いつか茶道についても習ってみたいですね。

 

受入機関の東京外国語大学の村尾 誠一教授と。博士課程から指導を受けている村尾教授は、梁 青先生の恩師も指導を受けています。「彼女の恩師も日本で国会図書館に足繁く通い、気の遠くなりそうな研究をコツコツやっていました。そのスタイルは彼女(梁先生)にも受け継がれていると思います。私のゼミでは最近『和漢朗詠集』を取り上げていたんですが、学生と積極的に意見を交わしながら指導をするなど、ずいぶん活躍してくれました」(村尾)。

 

日本文化への理解を深めた一年間

 

今回は、博士後期課程以来5年ぶりの日本滞在だったそうですが、滞在中、困ったことはありませんでしたか?

 

 携帯電話の契約ができなかったことです。契約にはクレジットカードが必要でしたが、中国のカードでは認められず、日本でクレジットカードを作ろうとすると電話番号が必要になるんです。滞在期間が1年と、短いことも原因だったようです。何回も申し込んでみましたが、全て失敗しました。結局、滞在中は自分の電話が持てず、ちょっと不便でしたね。

 

研究環境はいかがでしたか?

 

 とても満足しています。先ほどお話ししたように、受入機関の東京外国語大学には、以前からご指導いただいている村尾先生がいらっしゃいます。村尾先生は、私の修士課程の指導をしてくださった先生の恩師でもあるんです。村尾先生のゼミにも参加させていただきましたが、そこでも和歌と漢詩の比較をしていたので大変勉強になりました。

 私は学生時代、名古屋で博士後期課程を受けましたが、今回は東京に滞在できたのもよかったです。東京には美術館、博物館、図書館で文学研究に関わる展覧会が多く開催されていて、滞在中は名人の真跡(真筆)、典籍(書物)、屏風絵などを見に行きました。例えば、慶應義塾大学図書館の展覧会「空海と密教の典籍」などです。日本文化を勉強するいいチャンスになりました。

 いろいろな勉強会、学会に参加して、最先端の研究に触れることができたのも大きな成果でした。ずっと中国にいると、日本でどんな研究が行われているのかわかりません。他の研究者と一緒に勉強することで、いろいろなヒントをいただきました。これからは文学だけでなく、歴史、文化にも目を転じて、日中の古代の交流についても研究を進めていきたいと思っています。

(2018年8月取材)

梁 青(リョウ セイ)

厦門大学 外文学院 副教授
研究タイトル:「古今集前夜における日本漢詩の和様化─島田忠臣と菅原道真を中心に─」
招聘期間:2017年9月1日~2018年8月31日(長期)
受入機関:東京外国語大学
湖南大学卒業後、厦門大学大学院修了。名古屋大学の国際言語文化研究科で博士課程を修了。和漢比較文化を研究分野とし、奈良時代から平安時代の、漢風賛美時代から国風復興時代にかけての和漢交渉の様態を考察している。2004年から広西師範大学で講師を務め、2014年から厦門大学の講師となる。現在、同大学の副教授として日本文学を教えている。

Interview

研究者インタビュー

「国際日本研究フェローシップ」により日本で研究生活を送った研究者の皆さんに、研究内容についてインタビューしました。