コラム

Vol.29

by ひきたよしあき 2019.05.27

悟りのコトダマ

友人が、 休みを利用して禅寺の修行体験コースに
行きました。

三日間の宿坊コース。
本物に比べれば、「修行」とは言えないもの
かもしれません。
それでも友人は、

「厳しかった。人生を考えなおしたくなった」

というのです。

何がそんなに厳しかったのでしょう。

まずは食事。全く足りないそうです。
日頃、会食や接待で大きくなった胃袋にとって
精進料理は「突き出し」程度にしか
思えなかったとか。
1日目は、「これで痩せられる」なんて
気持ちで耐えられたけれど、翌朝から
終わるまで空腹に悩まされたそうです。

「人間、腹が減ると、ネガティブな
考えしか浮かびませんね」

以降、座禅をすれば、置いてきた仕事が
気になる。掃除をすれば、

「なんで俺がこんなことをやらねば
ならないんだ」

という心の声が大きくなる。

「自然を楽しめるとか、心が整うとか
言うけれど、元から都会育ちの僕は、
そんなものも楽しめなかった」

とこぼすばかりです。

宿坊には、外国の方もいたそうです。
青い目の人が、背筋を伸ばし、
微動だにせずに座っている。
それに比べて友人は、
すぐに背骨がくにゃりと曲がり、
船を漕ぎだす始末。

聞きながら、「私も彼と同じ目に合いそうだなぁ」
と思うばかりでした。

「そんな思いまでして、なんで人生を
考え直したくなったんですか」

と私が尋ねると、友人がこう言いました。

「わがままで、傲慢で、人のことなど
考えられない。自分だけは特別で、
甘えれば許してもらえ、すぐに泣き言を言い、
今やるべきことができないで、未練たらたら、
不満ばかりが頭をよぎる。
そんな負のカオスに、自分は支配されて
毎日暮らしている。
それが、わかったってことですよ」

友人は、この言葉を吐き出すのに、随分
時間をかけました。
きっと、自分の心に尋ね、一言ひとこと
吟味して吐き出すようにしたのでしょう。

「ひきたさん。日本の学校って、みんなで
掃除をするでしょ。今はどうだかわからない
けど、あれって大事だね。うん、大事だ。
今回、つくづく思いましたよ」

その後、トイレを綺麗に保ったり、
玄関を水拭きすると運が良くなるという
話もあながち嘘ではない。
あれは、雑念や煩悩を吐き出す行為
なんだと、二人で話し合ったのです。

意識はしてなくても、私たちは心の
どこかで「自分は特別だ」と考えています。
雑務を押し付けられると、

「なんで、この私がやらなければいけないのだ?」

とどこかで考えている。

そこから抜け出し、無心の心持ちを確保する。
それが日頃の作務にあると60歳近くに
なって実感した友人。

小学校の頃、掃除をサボっていつも
先生に怒られていた私は、未だ煩悩と
欲望まみれの生活です。

「早く帰って、掃除をしたい」

そんな衝動に駆られました。

  • ひきたよしあき プロフィール

    博報堂クリエイティブプロデューサー/スピーチライター
    早稲田大学卒業後、博報堂に入社。クリエイティブ局で、
    CMプランナー、クリエイティブ・ディレクターを経て現職。
    明治大学で教鞭をとるかたわら、朝日小学生新聞にコラムを連載、
    読者である子どもたちとの文通も行っている。
    facebookには年間約1000本のコラムを投稿し、幅広い世代から
    圧倒的な支持を得ている。
    2018年4月より、博報財団コミュニケーションコンサルタントとして
    の活動もスタート。
    著書に、「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)
    「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」
    (かんき出版)他3冊。