コラム

Vol.17

by ひきたよしあき 2018.11.26

侮辱のコトダマ

高広くんは、小学3年生です。
おしゃべりが苦手で、勉強も
クラスでは中ぐらい。
印象の薄い子どもです。

無口だけれど、性格はおだやか。
多少、意地悪をされても
ニコニコと笑っているので、
相手は戦意を喪失してしまう。
かまう人もいなくなり、
集合写真の片隅に、ちょこんと
写っているような毎日を過ごしていました。

そんな高広くんが事件を起こしたと
聞いたとき、担任の金田先生は、

「本当に高広くんなの?」

と、報告にきた生徒に聞き返しました。

「まさか、あの高広くんが
暴力をふるうなんて・・・」

金田先生は、生徒に誘導してもらい
高広くんのいる教室へ急ぎました。

「高広くん!」

放課後の教室にぽつんと一人で
座っている高広くん。
唇にうっすら血が滲んでいました。

「どうして、殴ったりしたの?」

若い金田先生は、語気を強めました。
殴られた生徒は、隣のクラスの男の子。
今は、保健室に行っていました。

「高広くん、黙っていたら
わからないでしょ。何があったの。
なんて言われたの?」

と聞いても、高広くんは黙るばかり。
するとクラスメートの山村さんが、

「高広くんが、いきなり隣のクラスの
井上くんに殴りかかったんです」

と言いました。

「どうして、何も言われてないのに、
殴ったりしたの?ちゃんと、言いなさい」

先生の言葉が強くなりました。
でも、高広くんは黙っていました。

教室の並んだ机に秋の日が伸びて
います。教室全体が、柿のような色に
なり、居る人全員が、影のように
見えました。

その影が、口を開きました。

「井上くんが、吉岡さんを侮辱したから。
吉岡さんの顔のあざを見て、
地図みたいだって、笑っていじめたから」

吉岡さんと高広くんは、日頃
仲がいいわけではありませんでした。
井上くんが、吉岡さんをいじめていた
としても、高広くんが怒って殴り
かかることに、金田先生は違和感を
感じました。

「高広くんって、そんなに正義感の
強い子だったかしら・・・」

先生は胸のうちでこう思います。

また一段と教室が暗くなる中で、
高広くんが、再び重い口を開きました。

「僕のお母さんの顔にもあざがあって、
なんだか、それを笑われたような気が
して。そしたら殴ってしまいました」

さて、質問です。

あなたが、金田先生ならこのあと
高広くんになんと声をかけたでしょう。

井上くんが吉岡さんに向けて
放った侮辱の言葉は、
高広くんには直接関係するものでは
ありません。

しかし高広くんにしてみれば、
吉岡さんを侮辱することは、
自分のお母さんが笑われるのと
同じように思えたのでした。

侮辱のコトダマを受けた高広くんが
起こした行動。

これをどう評価すべきか。
私はずっと悩んでいます。

「それでも、殴ることはよくないよ」

なんて軽く言えない、大切なものを
守ろうとした高広くんにかける
言葉を、ここ数日探しています。

  • ひきたよしあき プロフィール

    博報堂クリエイティブプロデューサー/スピーチライター
    早稲田大学卒業後、博報堂に入社。クリエイティブ局で、
    CMプランナー、クリエイティブ・ディレクターを経て現職。
    明治大学で教鞭をとるかたわら、朝日小学生新聞にコラムを連載、
    読者である子どもたちとの文通も行っている。
    facebookには年間約1000本のコラムを投稿し、幅広い世代から
    圧倒的な支持を得ている。
    2018年4月より、博報財団コミュニケーションコンサルタントとして
    の活動もスタート。
    著書に、「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)
    「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」
    (かんき出版)他3冊。