コラム

Vol.06

by ひきたよしあき 2018.06.15

沈黙という言葉

先日、大学で講義をしていたときのこと。
教壇から見て斜め前に座っていた女子学生が、
居眠りを始めました。
おでこを机にべったりつけて、
見事!としかいいようのない
激寝でした。

200人近くいる教室です。
蒸し暑い季節です。
しかもこの学生は、ほぼ運動着のまま。
朝練習からあわてて講義に出たのでしょう。

その寝姿に感心しながらも、
なんとか起こしたい。
講義をしながら、あれこれ試してみました。

すぐ横まで行って講義を続ける。

ダメでした。
となりに立っても、気持ちようさそうに
寝ています。

少し大きな声でしゃべりました。

全く効果はありません。
むしろ、あちらの寝息が聞こえそうです。

ふと、「黙ってみよう」と思いました。

少し長めの「沈黙」を作るのです。
中途半端なところで言葉を切って、
そこから黙る。
わざと言葉を失います。

10秒の「沈黙」が続くと、
ノートをとっていた子がこちらをみます。
20秒をすぎると、教室の
背後に座り、モニターで講義を
聞いていた学生が、直接私の
顔をみようとしました。

マイクをもったまま、動かない。
学生たちの顔が次々上がる中、
激寝学生も、気配を感じたのでしょう。
むくっと顔を上げ、
周囲をキョロキョロ見回しました。

30秒を少し過ぎた程度の時間ですが、
効果は抜群。
以降、彼女が眠りにつくことは
ありませんでした。

もうひとつ、「沈黙」の話を。

子どもの頃、母親よりも
父に叱られる方がずっと怖かった
と記憶しています。

母の怒りは、声を荒げるだけ
でしたが、父は黙ってこちらの
言い分を聞きます。

「だって、陽一君が僕のボールを
とったんだもん!」

とこちらが訴えても、
腕を組んでだまったまま。

「だから、とりかえそうとしたんだ。
そしたら植木鉢が勝手に落ちたんだ」

父はこの言葉に反応し、

「勝手に?」

とこちらを睨んで、また「沈黙」。

言い訳がなくなると、こちらも
黙るしかない。
最後には、
「ごめんなさい」と謝るしか
なくなるのです。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、

「沈黙ほど権威を高めるものはない」

と言いましたが、父の怒り方は
まさにこれでした。
「沈黙」というコトダマを
存分に使って、私を育ててくれました。

「話し方」や「コミュニケーション力」
ばかりがもてはやされる昨今。
流暢にしゃべる人ばかりにスポットが
あたります。
しかし、それ以上に大切なことは、
「沈黙」ではないでしょうか。

黙ることで、こちらの言いたいことを
相手に考えさせる。
自分で考えれば、記憶の深い部分に
残っていくものです。

黙るからこそ聞こうとする。
聞きたくなれば勝手に黙る。

「沈黙」は、大人からこどもに
教えていきたい大切な
ことばのコトダマではないでしょうか。

  • ひきたよしあき プロフィール

    博報堂クリエイティブプロデューサー/スピーチライター
    早稲田大学卒業後、博報堂に入社。クリエイティブ局で、
    CMプランナー、クリエイティブ・ディレクターを経て現職。
    明治大学で教鞭をとるかたわら、朝日小学生新聞にコラムを連載、
    読者である子どもたちとの文通も行っている。
    facebookには年間約1000本のコラムを投稿し、幅広い世代から
    圧倒的な支持を得ている。
    2018年4月より、博報財団コミュニケーションコンサルタントとして
    の活動もスタート。
    著書に、「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)
    「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」
    (かんき出版)他3冊。