コラム

Vol.14

by ひきたよしあき 2018.10.15

成長のコトダマ

同級生のT君のお母様が突然なくなったのは、
小学校4年生の夏休みを過ぎた頃でした。

私はよくT君の家に遊びに行っていて、
お母さんもよく知っていました。
T君と鼻の形がよく似ていて、よく笑う
素敵な方でした。

持病があったわけではなく、
本当に、突然の死。
お通夜で見たT君は、取り乱すことも
涙を見せることもなく、ずっと下を
向いていました。

一週間ほどして、T君がクラスに
戻ってきました。
黒板の前に立ったT君に先生が、

「少しずつでいいから元気になろうね」

と言ったときもT君は軽く肯くだけ。
表情がありませんでした。

ついこの間まで、いっしょに悪ふざけを
していたT君。
野球が好きで、少年野球チームに入り、
真っ黒に日焼けしていたT君。
私は、ずっと無表情の彼になんて言葉を
かけていいのか、わからずにいました。

秋が深まってくると、不思議な話が
私の耳に届きました。

「T君が、豪速球を投げるらしい」

同じ野球チームにいた仲間が、お葬式
以後、T君の投げる球がどんどん速く
なったというのです。

そればかりではありませんでした。
成績がさほどいいとは言えなかった
T君が、朝の小テストでいつも満点を
とるようになったのです。

ひと月もすると元気になって、
悪ふざけもするようになりました。
しかし、授業中にふっとT君の顔を
見ると、真っ黒い瞳を上に向け、
先生の話を真剣に聞いているのです。

不思議なことにT君は、背もぐんと
伸びました。そのおかげでますます
豪速球を投げるようになりました。

みんな、口には出さないけれど、
お母さんがなくなってからのT君の
快進撃が不思議でなりませんでした。
T君だけが、「子ども」から「少年」
へと成長し、少し遠くへいってしまった
気がしたのです。

冬休みに入って間もなく、
私は母に言いつけられたものを
買いに市場にきていました。

お正月の品が並ぶ市場の
肉屋さんの前でばったりT君に
会いました。
彼は2つ違いの妹を連れていました。

「なんや、お前も買い物か?」

とT君。私は何の気なしに、

「あぁ、頼まれちゃってね」

と母が書いた買い物リストをひらひら
とさせました。
するとT君が笑いながら、

「ええな」

と言ったのでした。

私ははっとしました。
とりかえしのつかないことをした。

私は母のリストで買い物をしているのに、
T君は、妹を連れて、今日の献立を
自分で決めているんだ。

そう思った瞬間、私はこの

「ええな」

の一言に、T君の「成長のコトダマ」を
見たのです。

それは、生きることへの真剣さ。
それは、自立していく強さ。
それは、守るべきもののある責任。

お母さんの死は、悲しいに決まって
いるけれど、その後の彼は、野球で
有名な高校へと進学していきました。
自分の道を、自分で切り開いていったのです。

「成長のコトダマ」

私は、その芯の部分に「覚悟」が
あるように思えるのです。

葬儀の日のT君の押し黙った顔の中に、
自らを成長させる覚悟が宿っていた。
そんな気が今でもするのです。

  • ひきたよしあき プロフィール

    博報堂クリエイティブプロデューサー/スピーチライター
    早稲田大学卒業後、博報堂に入社。クリエイティブ局で、
    CMプランナー、クリエイティブ・ディレクターを経て現職。
    明治大学で教鞭をとるかたわら、朝日小学生新聞にコラムを連載、
    読者である子どもたちとの文通も行っている。
    facebookには年間約1000本のコラムを投稿し、幅広い世代から
    圧倒的な支持を得ている。
    2018年4月より、博報財団コミュニケーションコンサルタントとして
    の活動もスタート。
    著書に、「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)
    「博報堂スピーチライターが教える短くても伝わる文章のコツ」
    (かんき出版)他3冊。