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File No.2 奥村 智人氏

大阪医科大学LDセンター 技術職員 オプトメトリスト

教室の中で、
静かに黙って困っている子どもたち

奥村智人氏普段は、大阪医科大学附属LDセンターでオプトメトリストとして視覚情報処理能力が弱い子どもたちのサポートに携わっている奥村さん。オプトメトリストはビジョントレーニングの専門家。欧米では国家資格として認められており、眼科医と同様コンタクトレンズやメガネの処方箋を出す事が出来るだけでなく、目と体の連動も含めて、見ること全般のサポートもしている。「発達性ディスレクシア(以下、ディスレクシア)の研究はLDセンターの言語聴覚士や医師などと一緒にチームでやっています。僕はお手伝いする立場なので…」と謙遜する奥村さんだが、目の専門家ならではのアプローチが助成研究にも活かされている。当時の研究は次のようなものだ。

研究Ⅰ

アルファベット言語圏の先行研究では、ディスレクシアには音韻処理(文字をオトに変換するプロセス)の障害と意味処理(単語など文字列全体をまとまりとして処理するプロセス)の障害、二つの障害が背景にあると推測されている。が、日本語のディスレクシアに音韻処理と意味処理がどのように組み合わさっているのかは明らかにされていない。
そこで小学校2~3年生のディスレクシア児(小児神経科医師がディスレクシアと診断した児)と定型発達児を群に分け、それぞれに2~4文字の単語を読ませて音読速度と眼球運動回数を比較測定し、結果を分析して単語認知(単語のまとまり読み)システムが確立されているか否かを検証した。
文字数が増えるにつれて音読速度が遅くなり眼球運動回数も多くなれば、単語ごとでなく一文字ずつ読んでいることとなり=まとまり読みのシステムが発達していない可能性がある。逆に、文字数が増えても眼球運動回数が増えなければ、文字列をパッと単語のまとまりとして認識できていることがわかる。
結果、日本語のディスレクシアの基礎的要因は音韻処理障害にあるが、そこに意味処理の問題が合併していることを明らかにした。だとしたら音韻処理だけでなく、意味処理にも配慮した支援が必要となる。

研究Ⅱ

研究2の画像読字支援ツールとして注目されているDAISY〈デイジー:Digital Accessible Information System(国際標準規格のデジタル図書)〉の有効性を検討した。DAISYは画面上に表示された文章を音声を聞きながら黙読する事ができ、しかも読み上げている文節がハイライト表示されるというものだ。検査内容は、研究Ⅰと同じ対象群の子どもたちに、まず画面に問題文を表示する→次に回答例が絵図で4つ出てくる→正しいものを選ぶという課題で、これを①文章だけの場合②音声だけの場合③文章ハイライト表示+音声、の3パターン実施し正答数を比較した。結果は③のパターンが①に比べて大きく正答率が伸び、DAISYが文章読みの際の文章理解向上に効果があることが確認できた。
基礎研究と、既に使われ始めている支援法の有効性を確認できたことは大きな成果と言える。

アメリカ留学で目の当たりにした 検査⇒支援⇒成果 という経験

 このように障害の背景にある様々な要因を究明していくことで、子どもたち一人ひとりのつまづきの状態にあった支援法やツールを選んでいくべき―。
 「特性を捉えることが大事だと思うんです。ディスレクシアをはじめとする発達障害って目で見てわかるものではないし、血液検査をすればわかるものでもない。その子がどういうつまづき方をしているのか、それを多層的に知るためにも検査って重要ですね」。

 奥村さんがオプトメトリストとして発達障害児に関わるようになったきっかけはアメリカ留学時代にさかのぼる。
 「ディスレクシアではありませんでしたが、大学附属のクリニックで実習生として最初に担当させてもらった子どもさんがすごく印象深いですね。小学校2年生のグレゴリー君っていう男の子、学校で黒板の文字がノートに写せなくて困っていて、例えば黒板に書かれた算数の問題を書き写して筆算で解くとなると、転記できないから計算ができない。黒板を見たらほぼ暗算で全部答えられるんですよ。で、保護者の方が、目が見えてないんじゃないかって連れて来られた。一旦は眼鏡を作ったりする外来に回ったんですが、そこで、これは視力の問題じゃない、視覚認知の問題だよっていう診たてがたち、ビジョンセラピーのセクションに紹介が来て僕が担当させてもらうことになりました」。

 指導教官の先生の専門がビジョントレーニングだったことにも影響を受けたという。「先生に指導してもらいながら僕がいろいろな検査をした結果、彼は目の動きが悪く、形を捉えるのが苦手だということがわかった。それを保護者や本人に説明し、トレーニングをしたら改善が見られ、保護者の方も喜び、本人も自信をつけて学校でも活動の幅が広がっていったという経過を目の当たりにしたんです。1年くらい継続的に担当させてもらって。人の役に立ってやりがいもある、帰国後はこういう仕事がしたいと思って調べたら日本ではやっている人がほとんどいなくて…」。十数年前のことだ。
 アメリカに渡るまで、LDやディスレクシア、発達障害という言葉さえ知らなかったという奥村さん。「実家が眼鏡屋なんで跡を継ぐ予定だったんです、ほんとは(笑)」。指導教官との出会い、グレゴリー君との関わりが現在の奥村さんのスタートとなっているという。

 グレゴリー君の問題は、視力が悪いのとどう違うのだろう?
「視力も見る力の中の一番大事な入り口の部分なんですが、それ以外にもいろんな見る力があります。右目と左目のチームワークを取るとか、ピント合わせをするのが基本的な目の機能。彼はいわゆる寄り目で右目と左目のチームワークがうまくとれないのが大きな問題でした。見るべき方向にパッと視線を移動する―動体視力につながるんですけど、眼球運動っていう目の機能も弱かったですね。ディスレクシアとは別の問題ですが、眼球運動機能が弱いと文章を読むときにどこを読んでいるのかわからなくなることが起こります。さらに形を捉えるとか、空間を捉えるっていう視覚認知って呼ばれる部分もあって、それは目から入った情報をどう脳で分析するかっていう力なんです」。
たとえば「田」という漢字を見た時「□」の中に「十」と捉えるのが一般的だが、視覚認知に問題があると小さな「□」が4つくっついていると捉える子もいるという。

日本語に特有の課題 漢字の読みをどうとらえるか

日本語に特有の課題 漢字の読みをどうとらえるかの画像 では、視覚情報処理能力はディスレクシアの要因なのだろうか。日本語の漢字の読みを考えるとき、視覚情報処理能力は見逃せない要因のひとつだとする説がある。
 「定義の問題なのかな、という気はしています。ディスレクシアという枠組みはおいておいて、読みが苦手な子の中には、視覚認知系が弱い子もいれば、意味処理が弱くて言語全体が会話レベルから弱いとか、知っている言葉(語彙)がそもそも少ないとか、デコーディング能力が弱い子もいる。これは海外でも同じだと思います。いわゆる感覚の問題もあって、文字が動いて見えるとか、白地に黒い字が書いてあると白地がまぶしくて読めないという子も中にはいます。読み困難の背景にはいろんな要素があって、どれも否定する要素はない。視覚認知の弱さは、ある子もいれば無い子もいて、弱さがある子の方がより重症度が増すというデータもあります。ただ、視覚認知の問題だけで、読み書き困難になることは少ないだろうと考えています」。
 ディスレクシアでまず症状として出てくるのは、平仮名カタカナがうまく読めない、書けない、そこが中核となる。その症状があれば漢字も読めない、書けないとなる子がほとんどだが、
 「中には漢字の方がマシっていう子もいるんですね。平仮名カタカナは文字を音に変えないと意味に変わっていかないが、漢字は見ただけでなんとなく意味がわかって、意味から音に繋がるっていうふうに読める子もいて。ディスレクシアの子たちは意味を通して読める子が結構います」。
 日本語の場合、漢字の読み書きまで含めてディスレクシアとひとくくりにするか、平仮名カタカナまでの段階と、漢字の段階は区切って別とするか議論が必要、というのが奥村さんたちの考え方のようだ。もちろん日本語のディスレクシアを考える際に漢字を無視することはできない。視覚認知の問題で漢字の形を捉え辛い子は現実にいる。が、漢字の読みに視覚認知、音韻処理、意味処理などの能力がどうかかわっているのか、そのメカニズム解明は今後の研究課題だと言えそうだ。

 実はその後の研究で、助成当時とは意味処理に対する考え方も変わってきたという。「音韻処理が弱いから意味処理も弱く見えてはいるけれど、実はかなり意味処理の能力は持っているという結果がこのあとの研究で出てきたんです。平仮名カタカナでもそうです。音韻処理が弱い結果、意味処理が使えなくなっているのでは、と推測しています。使えないだけなのか、もともとの要因なのか、の違いは、学術的な意味は大きいところですが、実際に子どもをサポートする際は、意味処理を使えるような環境を整備してあげれば伸びるんじゃないかと思っています。意味処理はちょっと支えてあげればグッと使えるようになるっていうデータがありますし、指導している上でもそういう感触がありますね」。

発達障害支援教育の中でも対応が遅れているディスレクシア児

 また助成研究時、検査協力児を広くリクルートした際に奥村さんは子どもたちの読み書き困難の状態がいかに千差万別か改めて気づかされたという。LDセンターにやって来る子たちは自閉症やADHDを併発しているケースが多いからでもあるだろうと奥村さんはいうが、子どもたちの多様なつまづきに対応するための検査がいまだに少ないと実感しているそうだ。アメリカでは専門施設からの報告書には標準化された何種類かの検査結果が必ず付いており、検査結果を基に指導法を検討するのが当たり前だった。留学を終えて帰国した当時は標準化された検査すらなかった日本の状況に驚きと戸惑いを覚えた。その経験がWAVES(見る力を評価する検査キット)やCARD(包括的領域別読み能力検査)といった検査開発へつながったようだ。特にCARDはいくつかの教育委員会とも連携し、小学校で活用された。現場の教師からの反応はどうだったのだろう。
 「もともと気になっていた子は検査結果でも問題があった、というのが半分。大丈夫だと思っていたのに(点数が)低いなぁっていう子と、逆に問題があると思っていたのにそうではなかった子たちが半々くらい。でもディスレクシアの子はあまり気づかれていませんでしたね。検査の数値だと出てきますが、先生たちには気づかれない。どうしてかというとADHDとか自閉症の子たちみたいに先生が困らないんですよ。彼らはクラスで静かに黙って困ってるんです。実際にこういう検査で基礎能力を見てみないと、その子の本当の特性は見えてこない部分もある。先生方も細かく観察してくださってるのでかなり当たるんですが、中には予想とは違った結果がいろいろ出てくる。そういうところをしっかりと拾ってもらうことが大事かなぁと。行動面に関してはかなり先生方がわかるようになっているし、自閉症やADHDの認知度はかなり広まっていて教育の中でもサポートが広がってきてる。次はやっぱり読み書きですね。ディスレクシアの部分のサポートがちょっと遅れてるので、そこをどうしていくかは、教育の分野でも医療の分野でも課題かなと。その一つの手がかりとして、こういうアセスメントが大事になってくると思っています」。
 検査の本来の目的は、問題があるかないかを見るだけではなく、その子の特性を捉え、その子にあった支援法を探すためのものだと奥村さんはいう。

WAVESとCARDの画像

最終的なゴールは社会的な自立

最終的なゴールは社会的な自立の画像 今年2月に放映された「ディスレクシア」をテーマに取り上げたテレビ番組で、奥村さんは再現ドラマの監修を担当した。その中で自らのこれまでの困難を伝えたNさんは、助成研究時に成人の調査対象として協力してくれた人物でもある。
 「お会いした当時は25歳でした。小学校の頃はノートのマス目がゆがんで見えたり、本を読むと文字が霞んで見えるような感じがしていたそうです。読んで内容を理解するのにほかの子の何倍も努力と時間がかかったとか。検査してみると音韻処理がかなり弱く、視覚認知能力も弱かったですね。ただ彼の場合は意味処理の力があったので、かなり意味で補って読んでいる感じでした。高校2年生まで、意味情報の蓄積と聞いて覚える暗記でカバーして、読み書き障害があると周囲にバレないでいたというのは、ある意味すごいことですよね」。
 Nさんは結局、高2から学校の勉強についていけなくなり、不登校になり自殺を考えるまでに追い込まれてしまう。典型的な二次障害だ。その後、回復への道を歩み始めるが新たな困難が待ち受けていた。
 「アルバイト先で、タイムスケジュールや仕事内容の指示を出されたときにメモが取れなくて困った…、ということがあったようですね。でも今はスマートフォンにはレコーダーがついてるので、メモを取る代わりに録音して後で確認することができます」。
 Nさんは現在、発達障害児者の理解を深めるための講演活動などを積極的に行っているそうだ。
 「子どもと成人ではサポート法も違ってきますが、読みが弱いままでも、いかに勉強できる環境を作るかっていうことが大事で、それがツールの使用につながると思います」。
 意味処理の力のあるディスレクシア児には読み上げソフトなどを使って、意味で文章理解ができるよう支えてやるべき、と奥村さんはいう。
 ただし、「僕たちの研究では音声だけ聞かせても改善がみられませんでした。文字と音声を同時に提示するマルチメディア、DAISYのような読字支援教材ならある程度の効果が得られることが検証できています」。

 最終的な目標は、すらすら読めるようになるとか、定型発達児に追いつくことではなく、社会的な自立だと奥村さんはいう。「日本では4月から【障害者差別解消法】が施行され、合理的配慮をきちんとやっていきましょうということになりました。歩けない人が車椅子に乗るのは当たり前、車椅子で学校を移動できるスロープを作るのが当たり前というように、文字が読めないのならDAISYやiPadを使って、読めなくてもその子が勉強できる環境を整えてあげるのが合理的配慮。LDセンターでも就学前から小学校低学年ぐらいまでは読みの方略を身につけたり、視覚認知を高めたり、将来の選択肢を増やせるように基礎力を訓練しますし本人たちの努力も必要です。でもいつまでもそこにとどまっているわけにはいかない。ハンディがあるままで勉強しなきゃいけないことが不公平なんです。ツールも含めた支援環境を整えることで、彼らも学校でみんなと同じように学習ができる、読めないままでも社会に出ていける、なかなか簡単ではないでしょうが、そういう社会的な配慮も含めた支援が本当は一番大事かなと。その子がどういうふうに自立していけるかっていうことが最終ゴールだと思っています」。

研究成果報告書(要約)はこちら

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